ほぼ同い年の森鴎外と同じく、「医者の文豪」だったチェーホフは
肺患を持病にしていた。だがロシアの作家は「医者の不養生」を
地で行き、サハリン探訪という「暴挙」も敢行し、後生大事と健康
第一を生活の信条にはしなかった。最晩年の結婚後もモスクワ
で女優の天職に生きる妻オリガ・クニッペルと遠く離れての一人
暮らしになり、その転地療養も寿命を延ばすよすがにはならなか
った。チェーホフの数々の名作はそうした「生き急ぐ」生き様の賜
物であった。『サハリン島』も『谷間』も『桜の園』も、実はそうした
「寿命を縮める」ような「生活か作品か」という苦渋の二者択一か
らしか生み出されなかったことは痛ましい。
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